であ・あいんつぃげ

単独者のみなさんへ……

愛より強く

 

愛より強く スペシャル・エディション [DVD]

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 前の記事で、映画を見まくっている人は意味がわからないみたいなことを書いたが、もちろん半分冗談であり、今日もまた映画を見た。ファティ・アキン監督の『愛より強く』だ(随分前の作品だろう)。しかし、あぁ、見なくてもよかった、とやはり思ってしまった。作品の質が低かったからではない。こういう「リアル」な作品をもはや私の胃は受け付けないようなのだ。前にも書いたとおり、映画で「リアル」なんか知らされたくないという気持ちを抑えきれない。

 

愛より強く』のあらすじは簡単に言うと、精神的に不安定な、「ままならない」男女のラブストーリーである。それにドイツにおけるトルコ移民の問題なんかも含んでいるが、まぁここではそのことは脇においておこう。話も二三回予想外の急展開を見せて面白い(のだと思うが、実をいうと「予想外の急展開」自体にもう私は飽きているので……)。だが、それも脇に置いておこう。そういう具体的な話はやめて、ここでは「ままならない」人間について考えてみたいのだ。

 

 この映画の二人の主人公の「ままならなさ」と言ったら、見ればわかるが、半端ではない。特に映画の前半は画面からにじみでる卑小さは尋常でなかったように思う(それで後半のしっかりムードが引き立つ)。しかしもう私にはその「ままならなさ」を味わうだけの体力がないようなのだ。昔なら彼らの無為な生活を眺めながら「人生はままならない」と嘯けたことであろうが、今はできそうにない。というのは、やはりこれは私(や私と同種の人間)の「ままならなさ」ではないからである。そうだ、私達の悩みはこういうめちゃくちゃの生活をしてしまうことではない。むしろ、どんなに打ちのめされてもこういうめちゃくちゃに落ち込むことができないというところに私達の哀しさがなかったか? ぐちゃぐちゃになるにしてもそれは所詮「あえて」の行為ではなかったか? この映画の主人公のように「じかに」生きるから苦しいのではなく、すべてが「あえて」であり、しかも「あえてする」のは苦しくて、しかも「あえて」できたにしても結局全然面白くはない、そのことに私達の哀しさがあったではないか! 私たちはもう自分を偽るのをやめよう……無為な生活をしている登場人物に自分を重ね合わせるのはやめよう……私は、あなたは、無為な生活に「憧れている」人間であり、しかしそうなるには「あえて」そうならなければならないということからして、決してそうはなれないのであるから……