であ・あいんつぃげ

こんにちは……

『ジュラシック・ワールド/炎の王国』

ジュラシック・ワールド/炎の王国』を見た。感想:つまらなかった。
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 久々に〈何もない〉映画を見たなぁ。もちろんストーリーはあった、アクションはあった、恐竜はいた、しかし、依然として何もなかったのだ……。いわば、存在はあった、しかし中身がなかった。

というわけでこの映画について語れることはないわけだが、しかし、この〈全てあるのに何もない〉という感覚について一言述べておきたい。

唐突に、そしてこの映画とは何の繋がりもないことを告白するが、つまり、私もずいぶん長い間〈全てがあるのに何もない〉という感覚に悩まされていた人間の一人であった、いや正確に言うと、そういう悩み方が正当であると思い込んでいた人間の一人であった。こういう〈虚しい〉映画を見ると、昔の自分に一瞬戻ってしまう。

〈全てがあるのに何もない〉を〈全ては意味がない〉に言い換えてもいいだろう。当然、その気分は鬱々としたものだった。鬱々とすることさえもまた意味がないのだから、鬱々とすることもやめよう、そう思えたのがその状態から抜け出すきっかけであった。普通の人は何かしらに意味を見出して最悪の状態を抜け出すのだろうが、私にはそれが出来なかったし、したくなかったから、意味がない(かあるかは絶対にわからない)という行き止まりの考え方をさらに徹底する方向に進んでいったのだった。

それからもかなり長い間つらかったのは事実だが、今ではすっかり抑鬱感も消え失せたように思う。というのも私の根本態度が、〈全ては意味がない〉から〈全ては意味がないにしても、ともあれ全てはある〉というものに変わったから、つまり「ない」で終わっていた文章が「ある」で終わる文章に変わったからである。実際、〈全ては意味がない〉よりも〈全ては意味がないにしても、ともあれ全てはある〉の方が実感に近いのではないかな? だって「意味がない」と思っていることは自体はどうしたって「ある」んだから! 

もっとも、こう理屈で考えたから〈全てはあるのに何もない〉という鬱々とした気分から抜け出せたのではない。あくまでもそこから抜け出せたからこそ、「ある」で終わる文章を真に実感できたという、結果論である。方法論はまた別に考えなければならないから、ご注意を。

ともあれ映画に話を戻す:上のように語ってきたにも関わらず、もちろん、人生と映画は違うから、今作のような映画を〈つまらないがとにかくそこにある〉と肯定的に捉えられるわけもない。普通につまらない、それで終わりだ。そして、「ない」で終わる気分にまたしても、僅かな間とはいえ襲われてしまう……。